Cafemme日記
2013-03-14T19:14:29+09:00
cafemme
食べたものを記録することで過食症を克服する試み。のつもりだけど、最近どこへ行きたいんだお前は、とつっこまずにいられないブログ
Excite Blog
Bye bye!
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2009-01-19T20:37:00+09:00
2009-01-19T20:44:00+09:00
2009-01-19T20:37:29+09:00
cafemme
未分類
長いこと続けてきたブログだけど
これで終わろうと思います。
今まで読んでくれてありがちょう。。ニョーー!
2005から、今までの4年のあいだ、
じぶんのことばっかりやったけど
書き続けて楽しかったなーとおもいます。
いろんな人とも話が出来たし、
自分の狭さ、弱さを、別の角度から見るようになりました。
・・・
って今かいてて
なんか、卒業作文みたいやなっておもった笑
どういう締めやねん。
まあそれはともかく、
コメント欄という限られた空間でしたが
ほんとうにたくさんの言葉を交わしてくれてありがとう。
うれしかった。
しんどいときは、
ブログに来て、
コメントがあるのを見ると
わ!うれしい!とか、
いやなことがあったとき、
前にもらったコメントの言葉を思い出して
またがんばってみよかな~って思ったりした。
ほんまにありがとうございました。
これからも、
またいろいろな場所で、
わたしは落ち込んだり凹んだり、
あがったりさがったりしながら
どういう場所に転がっても
めげることをおそれず
ありのままの人生をすごして生きたいと思います。
ところで、
最近読んだ小説に
「あたえられたものを
それが不足していようが、
希望通りのものでなくとも、
それなりに、くみあわせて
このましい生活ができる能力のあるひと」
という表現が出てきて
目からウロコだった覚えがあります。
私は、こんなことを言うのもなんだけど
まぎゃくです。
与えられたものが自分にとって不足だったら
まよわず
「おかしいやん!」
「どうなんこれ!」
「もっとちょうだい!」
と大騒ぎしてしまう、一揆体質です。
はためいわくです。
上に書いた「あたえられたものを・・・」というひとは
だから、自分にとっては、
異星人のようですが
正直、いいなあとおもいます。
とはいえ、
そういうひとに100パーセントなれるわけでもないし
なる必要もナイのですが、
最近、
身の回りにあるものだけで
幸せになる方法を見つけたほうが
「あれがほしい、これもほしい、ああなりたい、こうなりたい」と
向上心を掲げて改革に乗り出すより
もっと自分にやさしいのかな・・とおもったりもしました。
どうなのかなあ。
・・・て、
オイ!
最後の日記なのに
おまえはまた、語りだすんかい!!!ってかんじやな・・アキレタモンダ
挨拶だけで終われない、
このザ・かたりたい体質。
忘年会の上司か、おまえは!
スミマセヌ。
・・・ほんまにブログやめたら
こういう、
だらだら語り→なにも生みださない→でも、なんかすっきり~☆みたいな流れが
きえるのが、自分的にちとさみしい。
どっかでひとりでやってそう。
王様の耳は~~!!!みたいに。
しかし、
人生はまだ長いし、
この世界には
言葉も発話も叫びも
あらゆる言語で、あらゆる音階で、
そこいらじゅうに、あふれているから、
うちの人生、
あとのこり何年か何十年かわからないけど、
うちに与えられた時間の中で、
そこらじゅうにあふれる言葉や声と
いままでどおり
好奇心と恐怖と興奮と愛情を持って
つきあっていこう、とおもいます。
そのなかで
自分に一番あったフォームの水着を見つけられたら、いいな。
いつまでも、泳ぎ続けられる、ように。
それでは、
本当に長い間
Cafemmeの日記を読んでくれてありがとうございました。
'We turn not older with years, but newer every day.'
by Emily Dickinson
1月19日
極寒の地より愛をこめて。
]]>
爆弾投下
http://cafemme.exblog.jp/669164/
2005-02-13T06:45:12+09:00
2013-03-14T19:14:29+09:00
2005-02-13T06:43:53+09:00
cafemme
食生活
私が毎日食べに食べ続けている、
あのティービスケットの
総カロリー
なんと
700!
ドーーーーーーーン。(爆弾投下
・・・っていうか
700って。
700って、なによーーーーー!(涙
サギやーーー!
鬼やーーーーー!
ジタバタ
ごっついやん。すんごいやん。
ちょっとした定食よりあるやん。
700って。
そんじょそこらの焼き菓子とはわけが違うよ
どこに、そんな鬼のような熱量を隠し持ってたんだい?
えらいこっちゃーえらいこっちゃー
どんなんやねんって。
もうテンパっちょる。
でも、その恐るべきカロリーをしった今でも、
やはりやめられません。(どっちやねん
今日のお昼も、食べてしまいました。
美味しいです。たまりません。とまりません。
あーーーー怖い話でした。ヒー
今日は、Kくんから電話があって、
風邪で今日のディナーに参加できないらしい。
Kくんはとても苦しそうで、申し訳なさそうで、
わたしは昨日、自分が、
すごく意地悪な態度で彼に応対したことを思い出し、
とても申し訳なく感じた。
Kくんは、ここのところずっと、風邪気味だったにもかかわらず、
私の帰国パーティー(追い出しディナー)を、企画しようとしてくれていて、
私や他のメンバーの意見の食い違いを何とか補修しようと、
一生懸命やってくれてたらしい。
それで、風邪で寝込んじゃったんだって。
電話を切って、すごく申し訳なくなり、
なんかKくんにしてあげようと思った。
そこで、わたしはちょっと遠出して、新鮮なフルーツや野菜の売ってある
日曜市場に出掛けた。
Kくんは、ものすごくフルーツが好きで、
私が彼の部屋にお邪魔したときも、いつも、マンダリンオレンジを切ってくれたり、
バナナをミキサーでジュースにしてくれたり、
新鮮なイチゴにチョコレートをかけて冷やしたおやつを振舞ってくれたりする。
特に、私の摂食障害について知ってからというもの、
カロリーが低そうなおやつを、独創的なアイデアで作ってくれる。
この間は、クリームなし、バターなしのフルーツクレープを作ってくれた。
クレープといっても、Kくんの彼女さんの直伝レシピのクレープ皮(モチ粉いり)に、
バナナとかイチゴとかの新鮮な果物の細切れだけをどっさりいれて、
ぎゅっと皮を茶巾包みにして、プレッツエルで口を止めて、
上から低カロリーの粉砂糖と、すりゴマ(黄粉のときもある)を振りかけた、
超ヘルシークレープだ。
(二人の見積もりだと、150カロリーもない。でもすごい満腹になる)
私が安心して食べられるように、といって作ってくれたものだ。
他にも、Kくん得意の手作り餃子を、自分は本当はフライドのほうが好きなくせに、
私のためにスチームや水餃子にしてくれたり、
具にひき肉の代わりにテンペのみじん切りを代用してくれたり、
白菜のみじん切りを多めに入れてくれたり、
そういうことをいちいちしてくれる。
(Kくんのダイエットメニューレシピの豊富さは、すごい。あたしよりずっとテクニシャンだ)
摂食障害に罪の意識をやっぱり隠せないわたしは、
彼のそういう心づくしにどれだけ心を慰められたかわからないものだ。
そういうことを思い出すと、
Kくんが、病気で困っているときこそ、
何かして、恩返ししてあげようと思った。
市場について、フルーツを買えるだけ買った。
かったもの
マンゴー三つ (熟れてる
イチゴとメロンとパイナップルの詰め合わせ (お得
バレンシアオレンジ袋いっぱい (重すぎ
フジリンゴ袋いっぱい
キウイ三つ (美味しそう
アメリカンダークチェリー一掴み (私によこせ!
ぶどう1房(Kくんの好物
それから、もう一本向うの通りのオーガニックマーケットにも寄る。
Kくんの心を癒す品を物色。
買ったもの
カモミールティーパック
ビスコッティー
リントのチョコレートアソートセット
ブルーベリーフレイバーのヨーグルト2ケース
ハーゲンダッツアイス 1箱
えびワンタン一袋
クノールのチキンスープのもと 2パック
Toronto StarとGlobe&Mailなど、新聞数冊
骨折しているので、片手で、買ったもの全部抱えて、
えっちらおっちら帰宅。
帰りのバスの中で、
カードに、Kくんへの謝罪と、お見舞いのメッセージを書いた。
Kくんちに行くと、Kくんは、
ものすごい熱っぽい顔で、ぐったりしていたので、
かってきたものを渡したら、
Kくんは、すごく喜んでくれた。
「命の恩人だね・・・」と、かすれた声で言って、
「君が倒れたときは俺が、ティービスケット20ドル分買い占めてきてあげる、約束するよ」
と、わけのわからない冗談まで言った
・・・でも、Kくん、
わたしはその約束、この耳でしかときいたわよ。
わたしが、あのティービスケットをどれだけ愛しているか、
しっての台詞でしょうね?
あたしゃー忘れないぜよ。。。。
たとえ700KCalでも・・・・(涙
とにかく、K君が喜んでくれてよかった。
誰かのために、ものを買うって楽しいなあと思った。
Kくんは、お金のことをすごく気にしてたけど、
わたしは、過食嘔吐のときには、
一回の無茶食いのために、平気で40ドルくらい使ってたのだから、
こうやって少しでも喜んでもらえることに使えるなら安いものだと思う。
それに、Kくんのために買ったはずのリントのチョコは、
なぜか(笑)私の手提げ袋に入っている
あれーーー不思議やなーーーーなんでじゃろーーーねーーー
(白々しい)
今日したこと
DKNYのジーパン廃棄(きついんだよーもーバカー!
N先輩とジムに行く (見てるだけ・・・)
床磨き
荷造り
今日これからすること
ステイツからの旧友を空港まで迎えに行く
そのあと、皆と合流して、ダウンタウンでディナーパーティー
それから、Gのうちに移動して、ひたすら飲み明かす予定
]]>
今日のこと それから過食を抑える/促すものたちのこと
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2005-02-12T12:07:56+09:00
2013-03-14T19:14:29+09:00
2005-02-12T12:06:38+09:00
cafemme
脱摂食障害
昼 レーズンブランのビスケット
夜 ゴマベーグル タマネギとグリンピースのカレースープ
今日は仕事納め
同僚が全員、休みだった。
鬼のように忙しくて、食事を取る暇もなかった。
作業をしながら、ビスケットをかじる状態。
終了時には、全身の力という力が、抜けた。
本気で働くと、動けなくなるのだね。
その後、ちょっと友達の研究室を冷やかして、
わたしは一人で、いつも行くカフェによる。
仕事を終えた後に、あつーーい紅茶をいっぱいのむと、
気持がスーーっと落ち着く。
論文を少しばかり読んで、それから図書館によって、
時間つぶしをして、うちに帰る。
明日、友人たちが私を囲んで、ディナーパーティーをしてくれる予定になっている。
でも、わたしはある事情があって、約束の時間に指定場所に到着することができないっぽい。
そのことで、みんなから、いろいろ文句を言われて、
今正直、うんざりしてる。
仕事で疲れてへとへとのときに、
なんでみんなの機嫌取りをせなーあかんねん!アホ!もうばか!
と、言いたいけど、もちろん、
みんなの文句は、私と時間を費やしたいと、思ってくれているとこからくるんだから、
そういうことを思うと、やっぱいえない。
うーーーん、すごいストレスがたまる。
こういうとき、異常なくらい過食欲求が高まる。
「がーーーってたべて、がーーーーって吐きたい!」
って、むちゃくちゃ衝動が来る。
でも、やらない。今日は、やらないよ。
大好きなブログの日記を読んで、
元気ももらったし、それに、あと二日で帰国するから、準備もしなきゃ!
とりあえず、アメでもなめとこう。
私のお気に入りは、
ウェルタース。
気持があったかくなる、貴重なアメだ。
過食欲求を抑止する効果があると、わたしは勝手に思ってる。
最近気づいたこと
私には、過食欲求を抑える役割を果たすものがあるみたい。
その一例
・ウェルタースのアメ
・ジャスミンティー
・カフェイン
・バートビーのフェイススプレー
・ビートルズのリボルバー
・職場の同僚Dとの会話
・ホラー映画
・お姉ちゃんのメール
逆に、過食欲求を促進するものも、あるらしいことに気づいた
一例
・気を使う人との電話
・柔らかいパン
・時計
・食事を中断させられること
三つ目の時計というのは、
わたしは、一回の食事と食事の間を5時間空けることにきめているので、
時計を見るのが怖いのだ。
「まだこんな時間なのに、何でおなかすくの?」と、思ったら最後、
ものすごい空腹感と脱力感、焦燥感、
が、おしよせて、過食に走りたくなる。
だからできるだけ、上の四つは避けるようにしてる。
食事を中断させられるのも、すごくきらいだ。
ほんとは、そんなことにイチイチ目くじらを立てる自分がすごい嫌なんだけど、
もうほとんどくせみたいなもの。
あと、自分が食べたいと思えないものを無理やり食べさせられるのも、苦手だ。
食べた後、嫌悪感で、吐きたくなる。
今の私を支えてくれているものは、
ジャスミンティーとウェルタースのキャンディー。
この二つを、味わいながら、ベッドに横になって、
ぼーっとしたり、音楽を聴いていると、
過食しなくても、ストレスがスーーーっとひいていく。
驚くくらい効果がある。
過食嘔吐との付き合いで一番いいのは、
これがあったらあたしは大丈夫っていう「守り神」をみにつけることかも。
一時的でも、その場しのぎでも、
私を護ってくれる大切なナイトだもんな。
大事にしないと。]]>
過食嘔吐歴史 最終章
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2005-02-11T13:12:19+09:00
2013-03-14T19:14:29+09:00
2005-02-11T13:10:18+09:00
cafemme
脱摂食障害
修士課程スタート
修士課程に入ってから
私の毎日は、あれよあれよという間に忙しくなった。
新しい環境と人間関係になれるのにも時間がかかった。
でも、何よりも第一に、研究のほうがとにかく忙しくなってきた。
朝から晩まで、課題を読み漁り、課題論文を書く。
うちに帰っても、どこにいても、研究の進行のことしか頭に入らない。
だんだんリアルタイムで人としゃべることが減り、
わたしは、ひたすら理論とテキストの波に埋もれていった。
来る日も来る日も、研究室に閉じこもり、一人で論文を書いた。
だんだんと、孤独がリアルに私の体にしみこんできて、
私は自分の立ち位置がよくわからなくなってきた。
でも、ぐらついているひまなんてない、と自分を奮い立たせた。
休みたい、と思っても、意地になって走り続けた。
エンジンは、今は、止めちゃだめなんだ、と、信じていたからだ。
研究というものは、自分の思うようには進まないこと、を、
わたしはすぐに身をもって知ることになった。
講義のスピードについていけない自分。
プレゼンテーションで、パニックになる自分。
クラスメートとの終わりなき議論に疲労する自分。
教授との齟齬を、極度に恐れる自分。
ストレスがじわじわと、襲ってきた。
日中も、夜中も、わたしはよく、一人で泣いた。
ついていけない自分を受容できなくて、ジレンマに陥ったのだ。
修士に入ってすぐの頃は、過食嘔吐をしようなんて思ってなかった。
新しい環境だからこそ、もうあの頃には戻らないと決めてた。
これからは自分で新しい道を切り開くんだって、意気込んでた。
でも、ストレスとパニックアタックで、ぼろぼろのわたしは、
バカの一つ覚えみたいに、自分を癒す方法を、再び食べ物に求めた。
はじまりは、さんざんに論破され、グッタリ疲れきった帰り道だった。
ドーナツショップの前を通りかかった私は
ふいに、ウィンドー越しにみえた、いろとりどりのドーナツ。
わたしは、ほとんど無意識に、店の中に入り、
ドーナツを1ダース、買った。
そして、うちに帰って、電気もつけずに、立ったまま、むさぼり食べた。
食べ始めると、講義でのトラウマティックな経験や、苦い記憶が、
私の頭からゆっくり消えていった。
わたしは、また、あの場所に帰ってきたんだ。
私を傷つけない、優しい時間。食べる時間。
甘い砂糖。ひとりぼっちのフィエスタ。食べて食べて食べつくす孤独。
全部忘れられた。だから、一回ではやめられなくて、
私はそれからすぐに、過食嘔吐をくりかえすようになる。
またたくまに、習慣になり、必需品になり、わたしの生活の基盤になった。
論文や課題が増えるごとに、過食嘔吐の数も倍増。
朝から晩まで、食べてはいて食べてはいてのリピート。
勉強しているとき、仕事しているとき以外の
全ての時間を、過食嘔吐に費やしたといっても過言じゃない。
睡眠時間すら惜しかった。
朝起きて、授業に行って、
帰り道でもうすでに食べ始める。
カフェやフードコートを回って、
買い込みながらうちに帰って、
全部食べて、全部吐いて、
身支度を整えて、午後の仕事(教授の助手)に、戻って、
夕方まで仕事したら、
また食糧を買い込んで、自宅で過食嘔吐。
そのまま、体の力が持つ限り、
過食と嘔吐を繰り返してた。
気づいたら夜中だったこともある。
ユニットバスの壁に、汚物を顔にこびりつけたまま
ぼんやりともたれて、朝を迎えたこともあった。
いつものアラームの音で我に返り、
シャワーを浴びて何事もなかったように、学校へ向かうのだった。
はじめのうちは、過食材料をイチイチ外まで買出しに行っていたけど、
だんだん面倒になって、デリバリーに頼るようになる。
毎日のように、ピザやカルツオーネ、中華、チキンウィングなどを注文し、
たった一人でそれらを平らげて、嘔吐する。
夜中の半分を過食嘔吐に使い、
残りの半分を勉強に使う、という生活だった。
自分でも最低だと思ったのは、
職場の共用キッチンにおいてある冷蔵庫の
ストックを盗んで、過食に利用したこと。
自分でも、本当に、情けない。
でも、いったん、過食にスイッチが入ったら、
自分でもコントロールができなかった。
泣きながら、つめこんで、なきながら、吐き出した。
1タームが終わって、わたしは、心身ともにくたびれきってた。
友達もほとんどいなかったし、一人ぼっちで研究をしていると、
もう自分が何をやっているのかが見えなくなり、
恐怖とストレスでまた食べて・・・の繰り返し。
そんなある日、わたしはいつものように、
デリバリーした食べ物(チキンウィングとシチューだったと思う)を、
食べて、嘔吐しようとした。
便器に腰を折り曲げた瞬間、
背筋がすうっと寒くなった。
目の前の、水面に、真っ赤な鮮血が、おびただしく広がっていた。
咽喉の奥に、鉄の味がした。
口元に手を当てると、だらだらと、血があふれてきた。
鏡を見ると、顔が真っ青だった。
でも、胃の中には、チキンやスナック菓子が入ってる。
吐かなきゃ、!!
わたしは、ほとんど狂ったように、便器にしゃがんで、嗚咽をしようとした。
すると、かわりに、また、真っ赤な血が出てきた。
また、背筋がすっと寒くなった。
今度は、頭がぼんやりしてきた。
くらくらして、しりもちをついた。
胃の中で何かが起こってる・・・
恐怖に包まれて、、わたしは、はくことをあきらめ、立ち上がろうとした。
でも、立ち上がれなかった。
重度の貧血状態。
危険を感じて、わたしは、服を羽織、廊下へ飛び出した。
隣人の戸をたたく。
でも、だれもいない。
たすけて!私、出血が止まらない
叫びそうになりながら、一つ一つドアをたたく。
ようやく、一人の男の子が顔を見せてくれた。
口元を血まみれにしてる明らかに異常な私を見て、彼は、
「Oh my God」と、つぶやいた。
すぐに、救急車を呼んでくれて、付き添って病院まで行ってくれた。
彼と、彼の友人だという男の子も、すぐに駆けつけてくれた。
わたしは彼らと初対面だった。
病院の救急室で、看護婦に、
「どういう状況でこんなことになったか言いなさい」といわれた。
わたしは、男の子が二人いる前でどうしても言うことができなくて、ボロボロと泣き出した。
看護婦は、とげとげした口調で、「泣いてても、言ってくれなきゃわからないわ!」といった。
わたしは観念して、
「わたしは摂食障害を持っていて、過食嘔吐をしていたら、血があふれたんです」、といった。
背後に立っていた男の子二人が、息を呑むのがわかった。
自分を殺したいくらい恥ずかしくて、わたしはごうごう泣いた。
看護婦が、何も言わずに、何かをカルテに書いていた。
そこから別のもっと大きい病院へ移された。
精密検査をするといわれたのだ。
男の子二人(NとK)も、ついて来てくれた。
ベッドに寝かされて、血液検査とか色んな検査をされた。
その日は、入院することになった。
Kくんの彼女さんという女の人が、病室にきてくれて、
私のために買った下着や着替えを渡してくれた。
初対面の人だったので、びくびくしたけど、
彼女がふわっと、花のように笑ったので、少し安心した。
彼女は、男の子二人を、「あんたたちは出た出た!」と、軽妙な口調で追い出してくれた。
二人きりになると、彼女は私の肩を抱いて、
「私も、同じ病気で苦しんでたの、だから心配しないで。
泣いていいのよ、
あなたは悪くないんだよ」
と、いって、それから、きゅっと抱きしめてくれた。
私の中の、いっぱいの傷口が、ぎゅーーーーっとその瞬間、
一気に泣き声を上げた。
誰かに、そういってほしかったのだ、と、
思った。
涙が後から後からあふれた。
悲しくて嬉しくて、気持がはじけたんだとおもう。
あの時しがみついた、彼女さんの、モヘアのセーターの感触をまだ覚えてる。
バニラの匂いがする、可愛らしい人だった。
二日あけて、わたしは退院を許された。
出て行くとき、医者に、「きみは、セラピストが必要なんじゃないかね」といわれた。
わたしは少し考えて、いりません、と断った。
(そのときの選択が正しかったのかどうか、私には今もわからないし、
そういうことの是非について、考えたくない)
二日間の遅れを取り戻すために、わたしはまた研究と仕事に没頭した。
嘔吐をやめても、血は、しょっちゅう吐いた。
冬の間に、三回も、病院に運ばれた。
過呼吸とパニックアタックに苦しめられた。
体が無理だといったんだと思う。
その間も、あの時付き添ってくれたNくん、Kくん、Nくんの彼女は、
私を見舞ってくれ、おかゆや日本料理を作って、
私をいたわってくれた。本当に感謝しても仕切れない。
ある晩、徹夜で論文を仕上げているとき、
わたしは、空腹に襲われて、買い置きしてあったチョコレートを、
衝動的に無茶食いした。
じきに、ものすごい腹痛と、吐き気に襲われた。
でも、病院に行きたくなくて、どうすればいいかわからなくて、
日本の母親に、電話した。
お母さんの、からっとした「どうしたの~~?」という声に、
わたしは電話口で、声を殺して泣いた。
辛くて苦しくて、
そのとき、はじめて、
「死のう」と思った。
その夜、死ぬことが、急に現実に思えた。
過食嘔吐からもストレスからも開放されたい。
もう、おわらせたい。
一晩中考えた。
でも、やっぱりできなかった。
当然だ。生意気言ってる。わたしは、苦しみの全てを経験したわけじゃない。
自殺なんて、できるわけない。臆病で、内弁慶だからだ(どこまでも中途半端です)
少し休むべきなんだ、と思った。
ちょうどそのとき、大学の大きなシンポジウムでの研究発表を控えていたので、
それが無事に済んだら、一旦休みをもらって、
日本に帰ろうと決心した。
シンポジウムはうまくいき、わたしは日本へ戻った。
日本では、お母さんやお姉ちゃん、大好きなおばあちゃんが、迎えてくれた。
親友や、男友達とも再会し、みんなが、心から私を励ましてくれた。
わたしは、一年間のストレスに埋もれた自分を解放してやることができた。
過食嘔吐はぴたりとやんだ。
3ヶ月の休暇のあと、大学へもどる。
過食嘔吐はたまに発生したけど、その頻度は明らかに減っていた。
デリバリーも、あれほど強迫的に通ったドーナツショップにも、
過食目的で行くことがなくなった。
わたしはこのブログを始めた。
過食嘔吐は、いまほとんどでてこない。
もちろんまだ、過食欲求にはしょっちゅう苦しむし、
先日みたいに、ついやっちゃった!最低!ってなことだってあるわけだ。
でも、確実に、快方へむかっていると、いえる。
その要因はひとえに、今の人間関係だろうと思う。
KくんやNさん、Iさん、Mちゃん、それから職場の友人たち。
彼ら、彼女らとの出会いはとても大きかった。
私が落ち込んだとき、いつもそばにいてくれた人たちだから。
そして、いつもかわらず、私を支えてくれる家族の愛情の存在もある。
同時に、このブログをはじめて、
心優しいメッセージや、励ましの言葉を下さった、まだ見ぬ人たちの言葉に、
わたしはどれほど励まされてきたか、わからない。
わたしは、一人じゃないんだと、見えない空の向うを、今、見つめられる。
私と過食嘔吐の付き合いはこれからもきっとつづくのだろう。
でも、わたしはへこたれないだろうとおもう。
「死にたい」と思った夜、
それでも、生きることを選べたのは、家族が、友達がいたからだ。
わたしは、見えないところで、無数の愛情に支えられている。
そのことを忘れそうになる日がある、
そんな時、わたしは誰かに頬をひっぱたいてもらいたい。
「あんた、ナルシストぶってんじゃないよ!いいからさっさと、呼吸しな!」って。
そして、またこの足で歩き出したい。
格好悪くても、みじめでも、矛盾に満ちてても、
とにかく生きていたい。
それしか、私には、もうできない。
]]>
ティービスケットをめぐって
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2005-02-11T11:23:51+09:00
2013-03-14T19:14:29+09:00
2005-02-11T11:22:35+09:00
cafemme
食生活
私の大好きなティービスケットに、
新しいフレイバーが登場していた。
その名も、オーツ・バナナビスケット という。
いかにも、いかにもおいしそう。
見た瞬間、おなかがギュルルってなった。
でも、そのよこに、私がいつも購入するチーズフレイバーが、陳列されていた。
すごく迷った。
真剣に悩んだ。
どっちにしようかな・・・。
こういう迷い時間っていうのは、
私には、かなり真剣みを帯びたシンキングタイム。
なんてったって、大好きな、愛してやまないビスケットを選ぶんだもん。
力も入るってなもんだ。
で、結局、どっちも買った。
待ち合わせしてたKくんに、
どっちがいい?ってきいた。
自分では選べないから、
この際、K君の選ばなかったほうを食べようって魂胆(笑
こういうことにイチイチ真剣な自分がちょっとおかしい
Kくんは、新しいフレイバーのほうをとった。
そうなると、微妙に悔しくなるのが人間のサガ。
隣の芝生は青い・・・
「なあなあ、半分ごっこずつにしない?」と持ちかけてみる。
kくんは、
「おお、ナイスアイデア!」といって、
快く、ジョニーと僕とで半分こ、をやってくれた。
やっぱり、新しいフレイバー、最高!でした。
それから、今日は、
職場の同僚が、なぜか、民族衣装で、
キャンパスのスクエアで、ダンスしてた。
発見したとき、あまりの驚きに、
「なんじゃそりゃー!」っていってしまった。
私に気づいた彼女は、
「やっほーーー!」って、手を振ってくれた。
いつも、ファンキーでかっこいいB-Girlスタイルの彼女だけど、
今日は、アフリカはケニアの、民族衣装を身に着けて、
独特の民俗音楽にあわせて、すごく神秘的な踊りをしてた。
すごくきれいだった。
生きてる躍動感が伝わってきた。
かっこいいなーって、おもった。
夕方、Kくんと図書館でしばらく勉強して、
それからうちに帰ってきた。
今日のよるご飯は、スタンドのインド料理屋でかった、
ベジタリアンプレート。
ヨーグルトカレーと、ほうれん草とヤギのチーズのカレーが、
イエローライスにかかった、お得セット。
ヨーグルトカレーの甘酸っぱさが、いまいちだったけど、
まあまあ満足した。
明日も一日頑張ろう~~~]]>
ローテンションな一日
http://cafemme.exblog.jp/630687/
2005-02-10T11:58:13+09:00
2013-03-14T19:14:29+09:00
2005-02-10T11:56:58+09:00
cafemme
未分類
朝 なし
昼 チーズティービスケット
3時くらいに、ラズベリーティーと。職場のデスクで。
夜 セサミベーグルトースト
グリンピースとカリフラワーのチキンスープ
韓国風お新香
今日は、仕事が鬼のように忙しくて、
3時過ぎまで、ランチが食べられなくて、
お腹と背中がくっつきそうだった。。つらい。。。
でも、今日はTちゃんが病欠だったからしょうがない。
困ったときはお互い様。助け合いの精神が大切なのだな。
Tと仲の思わしくないLは、
ボスに、Tの病欠についてものすごい嫌味を言っているのを、
傍で聞いていて、
Dと私は、顔を見合わせて、
「こわーーーーー」と、声に出さずに、口をそろえたのは言うまでもない。
あたしらが休んだときも、こんなふうに文句言われるんかなあ。
あーーうかつに休めない。
今日は本当は、仕事の後、
Nちゃんの誕生日のお祝いに、Nちゃんちまで皆で行って、
パーティーの予定だったんだけど、
わたしは断った。
疲れていたのと、下手にいろいろ食べたら、今日みたいなテンションのときには、
すごい過食欲求につながると思ったから。
自分にストレスをかけたくないと思う。
今日は、残念だけど、ゆっくりおうちで音楽でも聴いてごろりとしよう。
一緒にいくことになってたTくんに電話でその旨を伝えると、
快く理解してくれた。
そして、「なんか落ち込んでいたらいつでも話を聞くよ」と、
優しい言葉をかけられて、
本当に嬉しかった。
優しい言葉を、ありがとね!
あたしゃあがんばるぜよ!
今日は過食嘔吐はなさそう。
なんかもうだるいし。
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女の子観察とかいろいろ
http://cafemme.exblog.jp/614599/
2005-02-09T06:59:27+09:00
2013-03-14T19:14:29+09:00
2005-02-09T06:57:26+09:00
cafemme
fashion
カフェでちょっと一休み。
大好きなティービスケットをかじり、
新聞を読みながら、あつーいラズベリーティーをすする。
今日は、人間観察をした。
わたしは異性愛の女性ですが、
女性にとても興味がある。
女性の笑顔、仕草の細やかさ、
感情を一瞬むき出すときの、無防備な表情、
意地悪をするときの、自嘲めいた顔つき、
混乱したときの、迷子みたいな情けない目、
媚を売るときの、酔ったような態度、
そういうのを、観るのが好きだ。
自分はどんな風に、「女」を生きているのだろう、と、
大勢の女性たちを見ながら、思うのが好きだ。
今日も、カフェの椅子に腰掛けて、
過ぎ行く女の子たちを見た。
私が今日、綺麗だなあと思ったのは、
私の席の近くに腰掛けていた、長い黒髪の女の子だった。
上下黒のスーツで、長い髪をひとつにまとめて、
シンプルなシルバーのアクセサリーをつけていた。
テキストか何かを一生懸命読みながら、
フルーツサラダを、大口でほおばっているのが、印象的だった。
それから、すごく色鮮やかなマンダリンオレンジのニットを着た子。
おへそが見えるくらいのショートニットで、
おまけにローライズをはいているから、すごくセクシーだった。
ベリーピアスにプレイボーイがピカリと光って、かわいらしい。
頭にちょこんと乗せた迷彩のハンチングが、ビヨンセっぽくて、今時だ。
流行に乗る女の子をうだうだいう、おりこうさんがいるけど、
わたしは、個人的に、流行を楽しく取り入れて、
今を全力で生きている、腰の軽い動物のような女の子を見ると、
本当にこっちまで幸せになれる、と思っている。
私の職場のDが、まさにそんなかんじだ。
いつも、お洋服にすごくこだわって、
一日に三回くらい着替えることもあるらしい。
鏡の前で、あーでもない、こーでもない、
と、自分と向き合ってる彼女の姿を想像すると楽しい、かわいい。
私も今日は、昨日買ったばかりのハンチングをかぶったので、
やたら気分がいい。
マテリアルなものは、からっぽだけど、
わたしは人間ができてないから、からっぽなものにいつも慰められる。
たべものとか、洋服とか、それから小説に。
結局のとこ、人生を豊かにするものは、
そういう意味のないものたちなんじゃないか、とおもう。
わたしは、そういう意味できっと成長しないだろうと思う。
いつまでも、くだらなくて、装飾過多で、ロココ的なものが、すきだろうな。
話は変わって、昨日一緒に食事をしたTから電話が来た。
私の食べっぷりのよさが気に入ったので、また食事に行こうということらしい。
私を殺す気かー!涙
でも、ありがたく承諾した。
男の人って本当に難しい。
スタイルのいい女の子が好きだというかと思えば、
よく食べる女の子がいいという。
わがまま!!笑
でも、そうやって、わけわかんないことで、人間関係構成されてるんだな。
あたしにできることは、
このわけわかんないことだらけの世界の中で、
自分が占める場所を、自分で決めていくことだけだろう。
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買い物三昧 ロブスター天国 満腹満願
http://cafemme.exblog.jp/604294/
2005-02-08T15:18:10+09:00
2013-03-14T19:14:29+09:00
2005-02-08T15:17:15+09:00
cafemme
fashion
自分が怖いよー!!ギャー
付き合ってくれたTに大感謝!
とにかく、荷物を全部もってくれて、
私のお目当てのショップに付き添ってくれて・・・
おまけに、25にして学生の私に、ということで、
夕飯を、奢ってくれた(涙がちょちょぎれる
今日はロブスターをいっぱい食べた。
バターをつけて、手づかみでむしゃむしゃ。
えびよりももさもさしてて、
でも、こってりバターと、相性抜群なり(満面笑顔
あと、サイドで頼んだ、マッシュルームのチーズ詰めが、最強。
きのこ・チーズ大好きな私を、
殺す気かーーーーー!!!ってなもんだ。
二人で頼んだはずなのに、
一個を除いて、残りは全部私の胃の中に。
ああーカロリーが怖い。
ワインもがんがん飲んでしまった。
もうGパンきついのなんのって。
あと、ロブスターの付け合せの、小エビとホタテのグラタンが本当に美味しかった。
なんだろう、わたしはとにかくチーズがあれば、幸せになれる単純な舌の持ち主なので、
今日のシーフードオンチーズ、は、楽園の食卓でした!!
それからそれから、サービスでついてきたガーリックバターのスコーンが・・・
もう、一言で言い表せない美味。
わたしは自分で言うのもなんだけど、スコーンをはじめとする粉物においては、
舌が肥えているほうだとおもう。
というのも、好きだから、いろんな店のを食べ歩いてきたし、
毎日一個はスコーンを食べてるからだ。
二口くらい食べたら、
だいたい、分量とか、内容物が、言い当てられる。
自分で作る人はたいていそうだろうと思う。
まあそういうわけで、スコーンにはうるさい私でしたが、
今日の、ガーリックのスコーンは、文句なしにオッケーじゃった。
四つ出てきたけど、二個食べて、
残りもお持ち帰りにしてもらって、
実はさっきからもそもそ食べてる。
今日は本当に食べすぎ・・・。
(実は、ロブスターの後、カフェに移動して、ティラミスも食べてたり)
でも、ストレス解放運動の一環だと思って・・・なあ。。。
明日が怖いけど、今日はもう、好きなだけ食べて寝ます。
今日のお買い上げ
ピンクのショール(裏地までこった模様で可愛い!
緑のボーダーバッグ(リバーシブルで、講義に行くのに便利そう)
カーキの男の子っぽいハンチング(でこのとこのとめ具がかっこいい
ラインストーンいっぱいついた髪留め(めざせ綺麗なお姉さん!
ジャマイカ・カラーのTシャツ(ハイテンションになりたいとき用
パジャマにするためのトランクス(履き心地最高。。。
リントのチョコいっぱい(幸せの代名詞
タコスセット(自宅で手作りできちゃうキット)
友達お勧めのイチゴジャム(明日はこれをベーグルにぬろうっとvv
ヌッテラの大瓶1こ(誰が食うの?完全な衝動買い・・・
ショルダーつきの財布(赤と白のビーズちりばめられてる)
メープルクッキー1箱(衝動買い。美味しそうなのだもん・・・
紅茶の葉(今からいれよう。心を休めさせたい
我ながら、レシート見るのが怖いわ。
でも、給料も入ったし、今日くらいいいよね。ってことで。
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過食嘔吐、大反省日記
http://cafemme.exblog.jp/589085/
2005-02-07T13:24:02+09:00
2013-03-14T19:14:29+09:00
2005-02-07T13:22:53+09:00
cafemme
脱摂食障害
過食してしまった。
自己嫌悪・・・
もーばか!おいらのばか!
すごい長いことしてなかったから、
嘔吐の方法、ちょっと忘れた感じだった。。。
自分を戒めるためにも、
何を食べたかを詳しく書いておこう。
うーーーかきたくない、ウギャー
過食したもの
手作りタイカレー(なんでやねん!ってかんじ
ベーグル一個とチーズ
八穀がゆ
ゴマシェイク(手作りってとこが泣かせる笑
量にするとたいしたことないのだけど、
私にとっては、脅迫的に物を詰め込み、
理不尽な嘔吐という行為をすることが、
克服すべきことなので、量は関係ない。
しかし、ココナツミルクいりのカレーは
我ながらすごくうまかった!
とか、そんなこと言ってる場合じゃない!
いやーでも、ほんのりナンプラー風味が、非常にいい具合で。。
美味しいものを、脅迫的に口にする、嘔吐まで持ち込む、
このパターンを、日常化してはだめだ。
一度やっちゃったものは、もうしかたないから、
この際、水に流そう。ソーレ
で、これから、きちんと食べていけるようにしましょう
あ、それから、
今日の過食は、夕方だった。
夕方といえば、まさに魔のゾーン。
手持ち無沙汰なのがよくなかったのかなあ。
まあ、あんまり考え込まずに、次がんばろうっと。
今日のメニュー(過食意外)
朝なし
昼ベーグル オニオンスープ
夜 韓国料理屋で、チゲ鍋
男友達と、ワイワイ飲みながら食べた。
過食嘔吐してなかったら、もっとガッツリ食べられたのに、
胃液にやられてちょっと控えめだった。
Tさんに、
「ほんとーに小食だね」と、いわれる。
ちなみに、うちの友達の間では、
小食だとか、食べないというのは、
ものすごい軽蔑されることになってる。
みんな、食べることに必死な輩の集まりなので(笑
そのなかで、摂食障害をかくしつつ(ばれ気味だけど)
つきあってくのは、なかなかにスリリングで、危険だ。
でも、自分は、こうやって、あえて摂食障害に理解のない人たちに、
鍛えられて、もみくちゃにされながらやっていくのが一番いいのだとおもう。
自分の性格上、
摂食障害を軸にして、いたわってもらえるような環境にいると、
そういう自分だけが自分のアイデンティティーに思われてくるだろうから、
それこそ、危険だと思う。
(もちろん、個人差があるので一概には言えない)
今日も、散々私のダイエットをネタにされて、いじめられて、
笑いの対象になったけど、
まあ、面白いと思ってもらえるならいいかあ。。。
いいのか。。。?
25のおなごが。。。
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適当な食生活
http://cafemme.exblog.jp/574035/
2005-02-06T10:45:03+09:00
2013-03-14T19:14:29+09:00
2005-02-06T10:43:03+09:00
cafemme
食生活
朝なし
昼ベーグル 白菜スープ
夜ベーグル アスパラのコンソメスープ
食べた理由>この食材しかうちになかった
おいしかったもの>得になし
まずかったもの>同上
買い物に行く気もせず、
うちにストックしてあるもので、まかなう。
本当はすごく甘いお菓子が食べたかったけど、
ないんだから仕方ないわ。。。涙
今日は、一日ボーーーーっとして過ごした。
お昼にMから電話があって、
言葉と文化の関係とかそーゆうわけのわからぬことを、
うだうだうだうだとMが仕事に行くまでの2時間、しゃべり続けた。
それから、お風呂はいって、散歩して、
なぜかマッキーを大音量で聴き、
テキトーに部屋を片付けて、新聞を読んだりする。
生産力ゼロの一日。これでいいのかー?
あと、少し論文もやりましたが、、、
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欲求・・・
http://cafemme.exblog.jp/562788/
2005-02-05T13:56:38+09:00
2013-03-14T19:14:29+09:00
2005-02-05T13:55:32+09:00
cafemme
食生活
レストランのほうは、おこがましくも、私が指定。
前に一度別の友人と食事しに行って、
そこのほうれん草のカレーが、すごく美味しくて気に入ったのだ。
今日のメニュー
ほうれん草とヤギのチーズのカレー
ガーリックナン
チキンとナッツと香草のライス
ミートサモサ
あと、イタリアのワインいっぱい。
美味しかったーーーvvv
食事の後、私のおごりで、
カフェに行き、コーヒーとティービスケットで、いろいろお喋り。
主に、恋のことや、仕事のこと、将来のことなどを。
なんかいろいろしゃべってると、幸せだった。
うーーん、っていうか、
正直に書こう。
今実はすごい過食欲求があって、
こうやってブログを書いている最中も、
指先に、びゅーーーんって震えが来るくらい苦しいのだ。
体重なんか知らなかったらよかった。
やせていたと知ってから、余計に苦しくなった。
太ったままだと信じていればよかった。
私の思考回路、意味不明だ。
今日、インド料理をかっくらいながら、
ニコニコしている私を見て、
友達が安心したように、一言こういった。
「今日はよく食べるねー」
友達からしたら、きっといい意味でいった言葉に違いない。
いつも不健康な食生活で馬かにんじんのような私を、
心配してくれている人だから、
彼がいいたかったのは、きっと、私が美味しそうに食べるのをみるのが、嬉しいんだろう。
でも、摂食障害の人、心当たりがあると思うけど、
(特に食事制限をやっている人)
他人に、「よく食べるね」とか、「結構たべたんじゃない?」
とかいわれるのって、
本当に本当に、死ぬほど恐怖なのだ。私だけかもしれないけど・・・
考えてみたらおかしいと思う。
健康に、楽しく美味しく食べてるといわれて、
気分が悪くなるなんて、ひととしてどーかとおもう。
こういう気持になるたび、わたしは、
自分は、結局成長すること、ひとり立ちすることを怖がっているだけなんじゃないかと思えてくる。
いつまでも、病気がちで、不完全な、そういうもろさを、
自分が持っていることを、心のどこかで期待しているんじゃないかと思う。
だから、よく食べるね、健康的だね、といわれたとき、
一瞬、ちくっと胸を針で刺されたような、
イヤーな感情が広がるんだろう。
トイレに行って、全部戻してしまいたくなった。
(物理的にできない、ギプスをしてるから)
そういう自分がたまらなく情けなく、どうしようもなく腹立たしい。
どうして、美味しいことにこんなに罪悪感を持たなきゃいけないの?
嘔吐をやめても、こういう意識を持っている限り、
あたしはどこにもいけない。
食事の後、彼が車でうちまで送ってくれて、
うちで、一時間くらい、話した。
そのとき、彼が
「あ、そうだ、このあいだKがいってた写真見せてよ」といってきた。
というのは、この間、Kくんが、
私がマックスに太っていたときの写真を、みんなの話題に出したのだ。
アメリカにいたときの写真で、今より15キロは重い。
わたしは絶対いや!、といって、見せなかった
でも、今日、彼に見せてといわれて、
もうええかーとおもって、みせた。
そしたら、その写真を見て、かれが
「ぜんぜん普通じゃない」といった。
「普通ちゃうよ、めっちゃふといやん、よくみてよ!」とむきになったら、
彼が、「○○ちゃん、そういう考え方、やめなよ」といった。
本当に、私の考え方を気味悪いと思っているような表情だったので、
私も反省した。
自分が思ってるほど、人は私の体型のことなんかどうも思ってないんだなあ。
もっと、他人にゆだねよう、っていう意識がないといけないよね。。
あーーーー
こうやってブログをかいていると、
なんか、過食欲求が、きえた。
よかった、今日はゆっくり眠れそう。
過食したいっておもってたけど、
もうめんどうくさくなったわ(笑
どないやねんって。。。
明日は、隣町で開かれるアートの展覧会にいく予定。
あいかわらず、おしゃれのできないギプスは憎たらしいけど、
まあ、楽しもうっと。
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チョコレートとスパイスとお祭り
http://cafemme.exblog.jp/548616/
2005-02-04T10:06:15+09:00
2013-03-14T19:14:29+09:00
2005-02-04T10:05:20+09:00
cafemme
食生活
今日の私の胃はとてもしくしくと痛んだ。
今日はすごく大切な講演会があったのに、
途中で何度もトイレに駆け込まなければならなくて、
楽しみにしていたC教授の講演の半分くらいを聞き逃し、
トイレの便座に腰掛けながら、涙を呑んだ。
自業自得だーーーーー
きちゃない話だなー
今日は、講演会の後、
同席していたKくんと、カフェで小一時間、
話をする。
最近、夢日記をつけ始めたんだ、と彼が言う。
知り合いの教授に影響されて、
夢の自己分析、対話、のようなことを、
地道にやっているらしい。
私は、自分の専門分野では頭にドがつくほどのポスト近代主義なので、
夢と意識の関係性とかそういう類の話には、
あまりのりきではなかった。
でも、よくよくきいてみると、
彼の教授の研究している夢診断は、
胡散臭い類のものではなく、
夢そのものが意味を持つというよりもむしろ、
夢を、今の自分がどのように解釈するか、ということが大切なのだという。
つまり、無意識の領域(夢)が、意識の領域(解釈)を決定するのではなく、
意識の領域に、より自由な空間と距離を与えることにより、
無意識の「できごと」に、意味を与えていくという作業らしい。
これは、心の病を抱えるたくさんの人にとっていい治療法になると、
その教授は言っているそうだ。
そのあたりの専門性や実践効果については、よくわからないが、
K君の話を聞いているのはとてもおもしろかった。
私も、夢日記をつけようかと思ったほどだ。
それから、今日は、
皆に出会ったら顔色が悪い!と、さんざんいわれた。
隣のアパートの友達が、
夜、エスニック料理を作るから、絶対食べに来い、と命令した。
わたしは胃の調子も悪いし、今日のところは遠慮します・・・と、
恐る恐る断りの意思を表明したけど、甘かった。
彼女は、すでにものすごい勢いで、パクチーやらクミンやら、
色んなスパイスの買い付けに行ったそうだ。
なんて勢いのある人だ。
嬉しいけど、明日の胃の調子が不安です!(涙
今、論文を一本かかえて、右往左往。
なかなか進行状態がよくないので、
ストレスがずんずんと、襲ってくる。
過食欲求が一番高くなるのは、論文に行き詰ったときだということを、
長年の経験からしっているから、
正直、すごく怖い。
自分のシリアスさを笑い飛ばせるようになりたい。
いろいろと考え込み、
いじいじつめをかじっていたら、お母さんから電話があって、
「早く一緒に温泉につかりたいねえ」、とのんきに言うので、
とても優しい気持になれた。
本当にありがとう、って、こういうとき、いつも思う。
お母さんや家族と一緒に、夕餉を食べたい。
栄養たっぷりの野菜の煮物や、
じんわり美味しい魚のみりん干し、
お姉ちゃんの得意な手作りシフォンケーキや、
家族がひとつになれるちり鍋を、
ああでもないこうでもないといいながら、食べたい。
長いこと一人で食事を取っていると、
何を食べても楽しくないと思えてくる。
わたしはたいてい、スープとベーグルの質素な食事で、
一日を終えることが多い。
おいしいかといえばおいしいけど、
論文を読みながら、テキストにラインを引きながら、
パンをかじったり、スープをすするのは、
あまり楽しいとはいえない。
時々、そういう夕飯が、とてつもなく寂しくなって、
家族のことを思い出して、ちょっと泣きたくなる。
お母さんたちと一緒にコタツに入って、
あったかい味噌汁や、しょっぱいお漬物を
わいわい言いながら、つまんでいた去年を思い出す。
そうすると、ああ、帰りたいな、皆で食卓につきたいな、という気持がわいてくる。
もうちょっとの辛抱だと自分に言い聞かせる。
時々、忙しいお姉ちゃんから来るメールには、
彼女が作ったケーキや焼き菓子の写真が添付されていて、
そのおいしそうさと、かわいらしさ、
心が込められた包装などに、胸が包まれる。
わたしは、問題児だけど、こんなおねえちゃんがいてよかったと思う。
おねえちゃんは、化粧もしないし、
どちらかというと、いつまでも男のこのような人だけど、
私の知る誰よりも、お菓子を上手に作れて、
給料のほとんどを、お菓子づくりの道具や、
ケーキの食べ歩きに使ってるところとかが、
わたしはとても、女の子らしいのだなあと、勝手に思っている。
わたしなどより、ずっと、女の子らしいのだと、思う。
電話の最後に、お母さんが、
あんたが帰ってきたら、一緒に地元のお祭りにいこうね、といった。
私の地元は、田舎で、この時期には、小さなお祭りがある。
お祭りといっても、TVでみるような、豪奢なやつではなく、
町の一角に、少しばかりの屋台が並び、
りんごアメとか綿アメとか、たこ焼きなどの、
お祭りらしい食べ物のにおいがあふれて、
懐かしい音楽がしんみりながれて、
おじいちゃんや高校生が、軒先にこしかけてイカ焼きを食べるような、小さい祭りだ。
もう長いこと、実家に帰っていないから、
そのお祭りの名前をお母さんから聞いて、一瞬、わからなかった。
でも、そういえば、高校生くらいのときに、友達と、
ワクワクしながら行ったなあ、と思い出した。
高校生のときには、そのお祭りは、一年の一大イベントのひとつに違いなかった。
高校生の癖にちょっと色つきのリップも塗ったし、
私服で出会う、同級生の男の子に会うと、わけもなくどきどきした。
先生の目をかいくぐって、深夜ごろまで、用もないのに、
明かりの下をうろついた。
そういうことがすごく、新鮮で、楽しかった。
卒業して、都会に出て、国外に出て、
色んな場所を渡って、
日々を過ごすうち、
田舎はとても小さくなっていった。
そういうお祭りの何百倍も、何千倍も、大きくて、エキサイティングなイベントに、
参加する機会が増えて、
お酒もタバコも、なんでも手に入ったからだろう。
記憶はあいまいになり、わたしは自分よりも大きい器ばかりを求めて、
次々に服を着替えた。
でも、そういうのが楽しかったかというと、
今、ちょっとわからないものだ、と思う。(もちろん、得たものも多い)
都会の喧騒の中で、わたしは自分が大きくなったように感じていたけど、
ほんとうはいつも、いつだって、
わたしはあの頃のままだ
とてもちいさく、おくびょうで、
それでいて、ささやかなお祭りが楽しみで夜も眠れない、
そういう子供なのだと思う。
今年は、お母さんと、お祭りに行きたい、と思った。
私のサイズで歩ける町に、一度戻らないといけない。
そこで、深呼吸をしたい。
私が今、どこにいるのか、もういちど、みつめられるように。
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chocolates are girls' best friend!
http://cafemme.exblog.jp/537829/
2005-02-03T15:46:21+09:00
2013-03-14T19:14:29+09:00
2005-02-03T15:45:19+09:00
cafemme
脱摂食障害
今日食べたもの
朝
病院に行ったので抜き
昼
ナッツとブランのティービスケット(猫の頭部くらいある大きさ!)
夜
アスパラのコンソメスープ
間食
大量のチョコレート(リントのトリュフ15こ 汗)
今日はお昼のブランのビスケットは、いつも私が食べているチーズのが今日は残念ながら売られていなかったので、ブランのほうを購入してみたけど、チーズ味にまけず劣らずとてもおいしかった。
このカフェは、焼き菓子がメインなだけあって、本当に美味しい。
ここのお菓子を食べたら、ほんとうに、他のお店の焼き菓子で満足できなくなる。
昔、過食嘔吐がひどいときも、
ここのティービスケットだけは、あんまり嘔吐材料にしたくなかった、そういえば。
狂ってるなりに、自分の愛しているものを護ろうという意識が
はたらいてたのだね、うんうん。
(と、勝手に納得
今日は、薬の副作用の相談に病院へ行った。
痛み止めを飲むと、半日くらい、起き上がれなくなるということ、
それから胃の痛みが激しくて朝が食べれないことなどを伝える。
すると、病院の先生が、体重と身長を測定してもらってきて、といった。
背中が凍るかと思った。
というのも、この半年くらい、わたしは体重計から遠のいている。
メーターのよしあしに、一日のテンションを一喜一憂させられるのが嫌だし、
毎日脅迫的に体重計に乗る自分が嫌だからだ。
私の部屋には、だから、体重計はない。
だもんで、お医者さんの言葉におそれおののく。
んなもん、過食嘔吐をやめてから
甘いものも結構食べてるし、吐いてないんだから、
ふとってるにきまってるじゃないですか!
いやだーーーーーいやだーーーー
現実を直視したくなくて、うじうじしてると、
先生が、青い患者用の服を渡してくれて、
「早く着替えてきなさい、測定結果を看護婦に書いてもらったら、この部屋に戻ってきて」
といったので、もう逃げも隠れもできなくなった。
隣にある個室で服を着替えて、看護婦についていくと、
日本では見慣れない形の体重計の前に案内された。
日本のは、乗ったら、針が動くやつか、デジタル式が今は主流だと思うけど、
こっちで使われてたのは、なんとも原始的な、「はかり」だった。
目の前に、数字が書いてある定規のような棒を、横に倒したようなものがついていて、
それに、鉛の重石がひっついている。
棒の右端の上下に、鉄のカバーがついていて、
右端の棒の先端が、その上下のカバーに触れないように、つまり、バランスが取れて、
中央でぴたりと触れが止まるまで、定規につけられた重石を、
ずらしていく。重石がずれるときに、定規のメモリをみていく。
ぴたり、とぶれがとまったところで、重石の先っちょが、指しているメモリが、
体重の数値となる。
すごいわかりにくい説明。。。。なんじゃこりゃ。
自分で書いていても、意味不明
でも、初めて目にした物体だったので、うまく表現できない。
理科の時間の、振り子の仕組みににてる。
っていうか、何でデジタルを設置しないんだろう?
やりかたわからなくて、ずーーっといじったり、動かしたりしてた。
看護婦さんが、わからないの?といって、きてくれた。
そして、私のかわりに、重石を上手にずらして、
なるほど、右の先端が、ぴたりと止まる(バランスとれてる)とこで、とめてくれた。
さすがプロ。
そして、体重を教えてくれた。
(体重は書かないけど)
びびった。
前に測定したときより、5kgも減っていた。
何がおきたのだろう、私の体に。
過食嘔吐絶頂期には、どんなにがんばってもあかんかったのに。
でも、原始的な体重計のことやから、きっと間違った数値なんだろうとおもい、
もう1このほうでもはかってみたら、やっぱり同じ数値が出た。
今度こそのけぞった。
お医者さんが、もうちょっと体重を増やしておかないと、
薬の副作用に負けるから、気をつけなさいといった。
帰ってきて、すぐに仕事に出掛けた。
仕事先で、大好きな信頼してる友達に、体重の減っていたことと
自分の中にあるアンビバレントな感情を伝えた。
嬉しいような、
でも、ここで、もし喜んだら、結局過食嘔吐の「思考回路」と同じになる、という不安。
体重が落ちても、痩せることに快楽を覚えたり、自尊心をそこに位置づけている限り、
わたしは、摂食障害というサイクルから逃げられないと思うということ。
でも、心のどこかには、このままこの低体重をキープしたい、という気持も、
かくれていること。
そういうことを正直に友達に打ち明けた。少々ぱにくっていたのもあったから。
そしたら、友達は、
「私もそう思うよ、体重が落ちて、喜んでる限り、あんたは一生摂食障害から脱出できないね、かけてもいい」
といった。
それで、一時間くらい(ボスいなくてよかった~~)
そのことについて議論を交わした。
彼女のいっていることに納得してる自分と、
でも、やっぱり痩せ願望を捨てきれない自分と、
矛盾する意識が葛藤した。
二人してあーでもないこーでもないとぎゃーぎゃーいっていると、
TとTの彼氏がはいってきた。遅刻!!
ちなみに、どうでもいいことだけど、Tの彼氏は
ものすご~~~~くキュートなのだ!
ヒトサマのいとしい人ながら、思わず赤面してしまうような王子様ルックだ!
このあいだ、Tのカップルにうちまで送ってもらって、
ほんとうにTがうらやましーって、おもっちゃったわい。
まあそんなことはいいとして、
Tたちが、リントのすごいでっかい箱を持ってきていた。
リントは、私がこの世で一番美味しいと勝手に認定しているチョコレートのブランドで、
悪魔のように美味しいくせに、悪魔のようにカロリーが高い。
だから、アメリカ時代は毎日のようにほうばってたけど、
最近はながーーーいこと食べたことがなかった。
Tが、「彼のマムに送ってもらったの~~みんな食べよー」と、のんきに言った。
わたしは、絶対嫌!と瞬時に思って、
うん、とか、適当にうなづきながら、手を出さなかった。
みんなで、コーヒータイムといって、リントの大箱と、
飲み物で、まったりすることになった。
わたしは、いつものようにカモミールティーをたっぷり入れて、
こくこくのみながら、チョコにはめをむけないようにした。
けど、匂いといい、あまりのおいしそうさに、意思がぐらついた。
それで、つい、Tに、「リントのチョコって、すごく美味しいよね」といった。
そしたら、Tが、「じゃあ、たべれば」といった。
ほんだら、友達(Tが来る前に、話を聞いてくれてた子)が、
「そうそう、○○、リント食べなよ」といって、
Tに確認もせずに、私の机の上に、りんとのトリュフの包みを、
どさどさーっとおいた。
どさどさーは、大袈裟かもしれないけど、すごい量。
リントのトリュフは、一個の包みが大きい粒なのだけど、
それを、20個くらい。
過食用にでも、そんなに食べなかったって。
ありえない!!!
Tが、Tの彼氏を見送りに行ってから、
友達が、「○○、あのね、こんなものを怖いと思っていたらいつまでもNo Futureだよ」といった。
信じられないかもしれないけど、
わたしは、すごい勢いで、5個食べた。
赤と青と、ピンクとあと忘れた。
それで、仕事が終わって、うちに帰る途中、いつものカフェによって、
また5個食べた。
うちかえってきて、また五個食べた。
すごいカロリーのはず。
あまい、おいしい、こわい。
三つの感情入り乱れ。
でも、吐いてない。
あーーーーーこれって過食になるんかなあ
でも、友達の言うとおり、怖い怖いって思ってたら、何にもできない
今は、正直に言うと、心が乱れてる。
食べなかったらよかったって思ってるのが20パーセント
でも、同時に、自分の中で何かが変わったようにも思う
リントに、負けなかった
あたしは勝った!という、妙な高揚感がわいてる。
罪悪感が、前に比べて薄い。
あと5つ残ってるリント、でも、もういらないやっておもえる。
好きなだけ食べたからだ。
胃の中がチョコまみれで、ちょっと怖いけど、
でも、好きなものを食べるっていうのは、やっぱり
「きもちがいい」のだ。
友達の強引さにはちょっとまいるけど
でも、きもちがいいってことは、すごいことなんだ、とわかった。
明日も、がんばろう。
と、いうか・・・ですね、
Tのチョコなのに、私と友達は本当にすごい自分勝手・・・
反省のつもりで、金曜の職場には、Tの好きなブリトーを持っていこう。。。
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今日のつれづれ
http://cafemme.exblog.jp/523499/
2005-02-02T14:59:03+09:00
2013-03-14T19:14:29+09:00
2005-02-02T14:58:09+09:00
cafemme
脱摂食障害
骨を折ってからというもの、天気のよさ、気温の高さは、
私にとって一日を左右するほどの、重要なポイントになった。
というのも、天気がよいと、服を重ね着しなくて済む=ギプスの上に、いろいろ服を重ねなくていい=楽=おしゃれもできちゃう(笑
というわけで、今日は、ひさしぶり(骨折以来、本当に久しぶりすぎて泣けてくるわい)に、私が着たい着たいと思っていた洋服に腕を通すことができた。
といっても、新しい洋服ではなくて、もう3年も前から着ているものなのだけど。
わたしの好きなイラストレーターのイラストのコラボTシャツ。
流行り廃りとは関係なく着ていけるデザインのもので、ティーシャツの割りに値段も張ったものだったけど、絵柄が剥げ落ちないように、裏返して洗濯、収納したり、大切に着つづけてきたので、ほとんど綻びもない。
袖を通すとき、やっぱりまだちょっと腕がひきつって痛かったけど、頑張って、なんとか着た!
ああ、好きだーーーー服が大好きだーーーー(涙
昨日の日記に、先週末、四人の男友達との会話を通して、自分が傷ついた、悔しい、というような内容のことを書いた。
あれから、わたしは、ひとりで、ぼーっと考えていたのだけど、直後とは違う感情が、少しずつわいてきている。
というのは、あの事件の直後は、日記にも書いたように、ただただ、指摘されたことが悔しくて、自分が情けなくて、わかってもらえないことに腹が立って、自分が完全な被害者のように感じられ、憤りをそのままKくんにぶつけた。
でも、昨日、いろいろな人とまたしゃべったり、かかわったりする機会に恵まれて、一日過ごしているうちに、自分のほうこそ、すごい身勝手だったんじゃないのかと思った。
私にとっては、摂食障害というのは、それこそ人生の一大事、というか、オオゴトだし、私の一日を一喜一憂させるテーマなわけですが、彼ら(私の友人)にとっては、多分それがどういうものであるかということがはっきりわからないと思うし、私と食べ物の奇妙な関係についても、彼らが完璧に理解することを、私が期待したり強要で求めたりするのも、それこそ、一方的だったんじゃないだろうか。
彼らは私が摂食障害であることを知らなくても、私を好きだといってくれるし、私と遊んでくれる。貴重な自分たちの休日を、わたしのために、使ってくれたのだ。
自分が求めるままのやりかたで人が答えてくれないとき、腹を立てたり、理不尽だと憤るのはやっぱり間違っていたと思う。
私に、私にしかわからないことがあるように、彼らの人生にも、たくさんの悩みや秘密があるのだから、わたしの摂食障害がたとえ私にとってはオオゴトでも、彼らにとっては、未知の世界かもしれないし。
逆にかんがえたら、摂食障害そのものが、私の全てではないし、だから、別に全部を理解させなきゃいけないということも、ないとおもう。
まーちょっと、体重が気になったり、ご飯を食べるのときにへんちくりんなルールがあったり、いろいろみょーなことで悩んだりしてるけど、私には、まだまだ他にも色んな側面があるでよ~~
たとえば、爪かむくせが直らん、とか、やたらに犬のモモがすきとか、走るのが病的に遅いとか、編み針の先端が怖いとか、粉物に目がないとか、スーツ姿の男性にはやっぱりデヘヘとしてしまう(おい)・・・とか。
そういうのも、摂食障害と同じくらい今の私の真実で、私の一部だから、そういう部分を、部分的に、散漫に、受け入れて付き合ってもらってることで、わたしはじゅうぶん喜ばしいと思う。
というわけで、なんかKくん(被害者)に悪いことをしたなあ、とおもい、昨日の夜は、ふんぱつして、いっちょすんごいメシでもおごるか!と決めた。
K君にそれを伝えると、Kくんはすごく喜んで、おれめっさ楽しみにしてるわ!と、明るかった。
・・にもかかわらず、ついついセミナーの疲れでわたしは帰宅するなり鬼のように爆睡してしまい、大切な約束を、水に流してしまった・・・・シーーン。
ナマケモノのおいらのせいで、Kくんはさぞ、肩透かしを食わされたことだろう。八つ当たりをされた上に、ドタキャンまで。。。まさにふんだりけったり・・・あわわーすんません。
昨日は、関係ないけど、別の研究所のセミナーに出席した。
プレゼンターの一人は、私が骨折したとき、我先にとギプスに卑猥な落書きをかいて私を不幸のどん底に陥れ、片手の使えない私に生春巻きを巻かせる役を与えるなど、その鬼のような所業をあげれば、枚挙にいとまのないT先輩だというのだから、おいらの鼻息も荒くなるというものだ。
プレゼンターは、そのT先輩と、もうひとり、彼女がルーシーリューそっくりという幸せもののZさんのふたりだった。
コーディネーターのKくんから、こぢんまりしたセミナーだから堅苦しくない格好できていいよ、と聞いていたから、
馬鹿正直なわたしは、パジャマ同然のラフな格好でいったら、スーツ姿の教授陣がずらり。ハイヒールのお姉さんがぴしり。
おい・・・・K。おまえの情報はあてにならんぞーーーーー!(怒
わたしに社交辞令が通用するかーーー!!!
でも、とにかくセミナーは、というか、彼らのプレゼンは非常に面白く、得られるものも多かった。特に、最近北米で多く読まれるようになったアジア女性の私小説についての分析が、よかった。私をいたぶるときの、いたずら爺のような大人気ない振る舞いを、微塵も感じさせない、オトナでプロフェッショナルな、T先輩に、びびる。立派だった!
ただ、来月私がこのセミナーでプレゼンターとして今の研究を発表することになっている。どーーすんだどーーーすんだ!!!えらいこっちゃえらいこっちゃ!
昨日の様子では、かなり多くの教授が聴講にくるみたいだ。うかつなことを発表できない。
もともとあがり症のわたしは、先が思いやられる。トホホ。
それから、今日の早朝、日本からの国際電話に起される。
「だれ?」と、眠気眼でいうと、なんと受話器越しに聞こえたのは、あのS先輩だった。
わたしは眠いのも吹っ飛んで、うおーーーーとか、まあそういうちょっと女の子らしくない声を上げてしまった。落ち着こう。
S先輩は、私の過食嘔吐のこととかも知ってて、いつも相談に乗ってもらっていた、すごくやさしい、知的な、そしてものすごくかっこいい、先輩だ(後半部特に強調)。
受話器を握る私の腕にも俄然力がこもる。
わざわざ電話をかけてくれるなんて!(Sさんは稀に見る無精者なので、まるで天地がひっくり返ったかのようなことだ!)
ドキドキしながら、「どうされたんですか?」ときくと、最近私からのメールの返事がないので、くたばってるのではないかと心配したらしい。
くーーー優しい。。。私のみをおもんぱかってくださって、わざわざ電話までかけてくれるなんて。
心配しないでください、わたしはくたばるどころか、友達に夕食をおごる約束まですっぽかして、ぐーすかぐーすか寝てました!
などということは勿論言わず、最近元気でやっていること、それから院での研究がすごくはかどっていることなどを伝えた。
S先輩も最近、念願の博士課程に進学が決まったらしい。忙しくなるから、気を引き締めたい、という先輩の声は、本当に力強く、そして前向きに響いたので、わたしはとても嬉しくなった。
頑張ってる人の声って、本当にどんな活性剤よりも、勇気付けられる。
そのあとしばらく、先輩と彼女さんとの愛にあふれた生活についての(不必要な)話に、耳を傾け(実際一番長かった。切りたくなった)、そして、帰国したらモツでも食いに行こう!ということで話がまとまった。
Sさんからのサプライズ電話で、今日は一日幸せな気持。
昨日の食べたものメモ
朝 なし (昨日は来年度のTeaching Assistantshipの申込締切だったので、朝から大学内を駆けずり回った。汗。建物のあちこちで、私と同じように申し込みの束を抱えて駆け足状態の院生たちの集団とすれ違う。みんな、ギリギリまでなにもしないのね。。)
昼 チーズティービスケット
夜 芥子の実ベーグル 白菜のスープ なめこ
(買ったばかしのなめこがもう半量に!!あかん!高いのに!!培養できぬものか・・・)
今日は、Iさんたちと、映画を見に行く。嬉しい!
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ほの暗い底辺から。。。
http://cafemme.exblog.jp/500003/
2005-01-31T16:27:43+09:00
2013-03-14T19:14:29+09:00
2005-01-31T16:27:08+09:00
cafemme
脱摂食障害
昨日はすごい日だった。
「すごい」というのは、決していい意味ではなくて、あくまで『怒涛のような』という意味である。
今日一日を通して、何度も何度も昨日の出来事を振り返り、
「あーーアホ!自分の馬鹿!」と、一人でキーキー身悶えたり、
シャワーを浴びながら、断片的に記憶を思い出して、ギリギリと歯軋りをしたり。
とにかく一日中、青くなったり赤くなったりと、大変であった。
昨日は、私の友達四人が、私のアパートに来た。
みんなで、オールナイトで、ビデオ鑑賞をすることになっていた。
5時に仕事が終わると、私はダッシュで帰宅し、部屋を片付け、空気を入れ替え、シャワーを浴びて、前菜用にと、野菜ディップやクラッカーなどを適当に準備して、みんなの到着を待った。
6時過ぎ頃、客人到着。
今回のメンバーは、全員、男友達。Mさん、Iさん、Nさん、そしてKくんという面子だ。
①Mさん 私とは、半年くらい前に知り合った先輩。個人的にメールのやり取りや電話をする間柄。誰にでもやさしい。私より7歳くらい年上。難しい話や、理屈が嫌いで、いつもアホトークで皆を笑わせてくれる、和み系キャラクター。職業は外科医。
②Iさん Mさんより少し前くらいに知り合った人。実は、Iさんこそ、最近まですごく好きだった「彼」でもある。わたしより10歳年上。。将来の決まったパートナーさんが遠距離にいる。何千キロ離れていても、すごく彼女のことを大切にしていて、いつもちゃんとエンゲージリング(?)をはめている。音楽や芸術が好きで、身だしなみがいつも清潔感にあふれている。わたしは、彼と長いことやっていた個人的なメールのやり取りを、最近やめた。というのも、遠距離の彼女さんの存在を尊重したいのと、もう『いいとこどりだけの恋(真剣にアタックする気もないのに、気のある態度で周りをうろついて、恋の美味しいところだけを味わおうとすること)』を卒業しようと思ったからだ。Iさんの職業は内科医。上述のMさんとは同病院勤務。
③Nさん 私のお兄さん的存在のひと。一番付き合いも長い。彼は、「やさしい」とか「癒し」とかいう形容詞とは、かけ離れている。いつも厳しく、クリティカルで、私に耳の痛くなる苦言を与えてくれる、地獄の門番的存在。彼に泣かされたことは、数え切れず。でも、付き合いをやめないでいる理由は、彼の研究への真摯さと、他人以上に自分に対する厳しさが、常に信頼できるものであるから。別学の彼女さんとはもう3年越しの遠距離恋愛。私とは同じ大学の別学部。博士課程後期在籍。
④Kくん Nさんの紹介で知り合った友達。この中では私と一番年齢が近い。私と研究テーマもすごく近しいことから、普段からよく研究の話をしたり、勉強をしたり、買い物に言ったり、一緒に時間をすごすことが多い。穏やかで、静かな性格。悩みをいつも真剣に聞いてくれる。6年の付き合いの彼女さんとはもう婚約済み。彼女さんは、サバサバした、知的な人。
このメンバーでした。
みんなが、それぞれ、お酒やピザなどを持ってきてくれて、最初からワイワイと立食パーティーがスタート。ワインやビールを片手に、久しぶりの集合にカンパイし、積もる話をしました。お酒は、オーストラリア産の私が大好きな銘柄のものを、皆がわざわざ選んで買ってきてくれていて、とても美味しかった。
腕の使えない私が後で食器を洗ったりしなくていいように、紙コップやとり皿も用意してくれていました。そういう気遣いの一つ一つに、わたしはとても感動しました。
(と、同時に、正直なところ、そうやってたくさんの男性<たとえ彼女のいらっしゃる人でも>に、何かとやさしくされ、彼らの話に入れることに、わたしはきっと有頂天になっていたのだろうし、どことなく、ウキウキとしていたのだと思います。いつもなら、この男性メンバーに、あと3人くらい、女友達がはいっているのですが、今回は参加できないということで、女性は私だけだったのです。恥ずかしながら、紅一点という状況にどことなく愉悦めいたものを、ひそかに感じていたわたしは、この夜の状況をきっとすごく楽しんでいたのと思います。そういう心の浮つきが、この後の出来事の要因のひとつになったのかもしれません)
途中で、NさんとKくんは一旦、自宅(といっても同じアパートの別室)に、戻っていきました。それで、私の部屋には、IさんとMさんの二人だけが残り、私たち三人だけで、飲み続けることになりました。
映画を観ることになっていたのだけど、3人でいろいろな話をしている間に、映画よりも話のほうが盛り上がったので、映画は後回しにして、しゃべり続けました。アルコールに強い二人の手で、お酒がばんばん空けられていき、お菓子の袋もバンバン空いていきました。わたしは、お腹がすいていたので、普段は絶対に口にしないピザをふた切れだけ食べて、あとは、あんまりみないように、お酒だけをちびちびやっていました。(摂食障害になって、「酔う」ということが、なくなったように思います。もちろん、たくさん呑むと気分がよくなり、高揚しますが、それでも心の片隅でカロリー計算をキッチリしていたり、それから、アルコールに任せて嘔吐しようと思ったり、そういうところにだけ、意識はキッカリと目覚めているんだから、我ながらすごいと思うわけです笑)
医者という職業のIさん、Mさんとの会話といえば、必然的に、話題は、体や病気のことになっていきます。わたしは、彼らに、救急病棟の当直の体験談や、とんでもない患者のエピソードなどを聞きました。そこで、話題に出てきたのが、<自殺未遂で運ばれてくる患者>のことでした。彼らによると、自殺未遂で運ばれてくる患者というのはすごく厄介なものだそうです。というのも、手段によって違いはありますが、何度もためらい傷を作っている女性や、4~5階くらいの「中途半端な(引用)」高さから飛び降りて怪我をした急患など、自殺のケースはとかく手当てが手間がかかる~~ということでした。
私は、ワインをたくさん飲んでいて、多分、多少エモーショナルになっていたのだと思うのだけど、自殺の話にたいしては、少し敏感になってしまう自分を感じました。(単純な思考回路ですが、摂食障害=人生に苦悩=自殺の可能性大、という図式に脳内変換がおきていたのかも・・・)
それでも、黙ってきいていると、Iさんが、「でも、自殺をしたいなら勝手にしたらいいけど、医者に迷惑をかけるのはやめろってことだよね。結局、俺が言いたいのはそれなわけ」といいました。Mさんが、うんうん、と深くうなづいて、「そう。飛び降りたいんだったら、勝手にしたらいいけど、やるんだったら極端に高いところからやれってこと。内臓破裂とかで結局死に切れないのを、処置するのはおれたちなんだから」といいました。
こういう話題は初めてではありませんでした。
というのは、前々から、呑みにいったりした席で、彼らとしゃべるときには、彼らの医者としての医者の立場からの「リアリスティック」な意見をよく聞いていたし、前にも、こういう話(自殺患者について)をよく聞いていたんです。もちろん、そのつど、正直いい気はしていませんでしたが、それでも、普段のわたしは人一倍臆病なので、心の中でイヤだなあ、とおもっていても、たいてい、何も反論せず聞き流すことにしてきました。彼らに言い返して、たとい議論になったところで、彼らはいつも、「はいはい、○○ちゃん(私)はまだ社会のことがわからないんだよねー」と、苦笑いをするのです。むきになる私を、諌めるというか、半ばからかうような(でも、けして攻撃的ではない)スタンスで、かわすのです。つまり、良きにつけ悪きにつけ、IさんとMさんは、すごく「オトコノヒト」であり、「オトナ」なのでした。(そして、正直に言って、そんな「オトナ」の「オトコ」である彼らに、いつまでも「オンナノコ」扱いされる自分を、結局わたしは手放したくなかったんですよね。一種の、そして自覚的な、媚びだったんだと思います。だから、彼らに反論して、かわいい女の子の立場を放棄するのが嫌だったし、いつも、にこにこ頷いているようにしたのだと思います。自分のそういう隠れた欲望こそ、事実です)
・・・でも、昨日は、すごく嫌な気分になるのを、なんでだろうか、かくせなかった。
なんでだろう。ワインの効果なんだろーか?
多分、欝の友達のことを、最近ずっと考えてきたからだと思う(先日のブログにも書いた)。最近、わたしは、欝を抱えて、苦しんでいる一人の友人のことを、ずっと考えてきた。答えも出ないし、何もできない自分が歯がゆくて、うじうじ、悩んでいたのだった。
だからだろうな。「医者の立場」「現場のリアリズム」からとはいえ、彼らのいう「自殺するんだったら勝手に~~」という意見を聞いたとたん、「ちょっと待ってよ!」といいたくなったんだ。
私が最近調べているのが正しければ、欝は「死にたい病」ではない。むしろ、必死で生き方を模索するプロセスで起きる、生命の息詰まりだ。一生懸命、無我夢中で、この狭くて息苦しい世界と向き合おうとして、体と心を向き合わせようとして、真剣に生きようとして、型に入りきらなくなった魂が悲鳴を上げ始める。魂の泣き声は、死にたいことの証明じゃなくて、生きたい、生きたいという叫びなんだと、わたしは少しずつ思い始めていた。
だから、わたしは勇気を出して、IさんとMさんに、「でも、自殺する人も、発作的というより、毎日すごく長い間苦しんできたんです。『死にたい』いうより、もう一人ではどうにもできなくなって、飛び降りたりしてしまうと思うんですけど。それって、勝手に、死にたい、というのとは違うと思うんです。」といってみた。すると、Iさんが、私が言い終わらんうちに、「はーいはいはい」と、半笑いで頷いて、「まーそうかもしれないけど、俺たちが言いたいのは、もっと大人になれよ、てことです」といってニコっと笑った。
Iさんによると、自殺する人は、結局エゴの塊で、後片付けをする家族や医者のことを考えていない自分勝手なアダルトチルドレン、ということらしい。かれとMさんが、これまで担当させられた自殺衝動の高い患者も、感情的で、迷惑をかけても省みない人が多く、研修医のときから悩みのタネだったといった。特に女性にはそういう傾向が高いといった。
わたしは確かに、たんなる1院生、しかも博士過程にもいない。まだ社会の構造や成り立ちもわかっておらず、彼らのように、「実際」の命の現場で人の人生を左右するような働きをする権利も能力もない。彼らの言うことは、多分、正しいのだろう。
でも、わたしはどうしても昨日、IさんとMさんの言葉に頷けんかった。
すごく悔しい、と思った。
わたしは、どうしてもわかってほしくて、
「でも、私だって、欝ではないけど、落ち込むことがあります。自殺したい人の気持がわかるときがあるんですよ。ほんで、もし、発作でそうしたとき、死に切れずに病院に行って、もしお医者さんが、「がんばれ!」ってゆーてくれたら、多分それがセカンドチャンスにつながるかもしれん。でも、逆に、「迷惑かけやがって」っていわれたり、そういう態度で接せられたら、余計へこむと思う」といった。
「まーそうだねー」と、Iさんがいった。
Mさんは、「でも、医者の立場からすると、命をなめんなっていうのは、あるわけだから」といった。
そうかもしれない。
Mさんのいうことは、理にかなっている。
むしろ彼らは、厳しい言葉のレトリックで、自殺者を減らしたいのかもしれない。
どうなんだろう。自分が正しいなんていえるんだろうか。
私はよくわからなくなってきた。私だって、有人の欝の問題に、答えが出せないんだ。偉そうに反論する権利があるんだろうか。そもそも自分の摂食障害のことすら、解決できないんだ。
これは、わたしの悪い癖なのだけど、わたしは、みんなのいる場所や、公共空間でも、いざ、人間の心理や、「人生とは。。。」、みたいなことを考え始めると、その思考の回路に自分がまるごと閉じこもってしまうことがよくある。完全にシャットダウンするのではなくて、もちろん、そこに居合わせた人たちと、会話を続けるが、あたまのすみで、別のことをずーーっとかんがえて、もやもやもやとした状態が同時進行するのだ。
昨日は、まさにそんな感じで、それからも、彼らと別の話題で話し続けたけど、私の頭の中は、自殺のこと、それから、自分自身の人生についての価値のようなもの、にたいする意識でいっぱいだった。不安が喉までせり上げてきて、いけない、パニックになっちゃいかん、と思った。
しばらくして、NさんとKくんが、帰ってきたので、また五人で飲みなおすことになった。Nさんが差し入れといって、豚丼を、もってきてくれた。Nさんの手作りで、たっぷりの炊き立てご飯に、豚肉とタマネギの甘辛いためがのったボリュームのある料理だ。
わたしは、勧められたけど、「いりません」といった。というのは、集まってから、ピザやポテトチップスを食べているし、これ以上カロリーの高いものを摂取すると、吐きたいモードにスイッチが入るから、嫌だったのだ。(とことん、骨の髄まで摂食障害の染み付いた自分である)
すると、Kくんが、唐突に、「っていうかさ、○○さん(私のこと)って、いっつも脂っこいものさけてない?なんで?前から不思議に思ってたんだけど」と、ぽつんといった。
わたしは、びっくりして、何か返そうと思ったけど、咄嗟になんと言っていいかわからなかった。すると、他の人たちも、そういえば・・・といいはじめた。「そういや、○○ちゃんって、肉も麺類も食べないよね、なんかあるの?」「ひょっとして、ダイエット?」といいだした。
私は、ダイエットの話を、彼らにしたくはなかった。というのは、そのとき、前の話題のことで自分が精神的に不安定であるというのもあったし、それに、一度自分が食べ物に特別な意識を持っていることがばれたら、この先食事に行ったり、いろいろしにくくなると思ったから。
だから適当に流そうとした。そしたら、Nさんが、「前から言おうと思ってたけどさ、お前、ほんとはめちゃくちゃダイエットしてるよな?」といった。「俺の彼女が言ってたよ、○○さんは、多分拒食症だと思うよーって」といわれた。Nさんの彼女さんは、二ヶ月前くらいに出会ったことがある人だ。正直、影でそんなことを言われてたのかと思うと、すごくショックだし、第一、拒食症じゃなくて、過食嘔吐だ!とつっこみたい(どうでもいいっての)。
それで、他の人も、「えーそうだったん?」「まじ?」「拒食症なの?」といいはじめた。わたしは、すごくあせって、必死で取り付くろおうとした。「ちがいますよ!ダイエットは、ちょっとは気にしますけど(大嘘)、拒食とかありえないです」といった。そしたら、Mさんが、「じゃあ、なんでこのどんぶり食べないん?」といった。「お腹いっぱいだからです」といったら、「それはうそやろー今日一日ぜんぜん食べてないやん~~~」「ずっとみてたけど、ピザも、小さいのえらんだりしてるし」といわれた。
わたしは、自分の精神的な、パーソナルなことで、みんなの話題の的になるのがすごく苦手だ。みんなが私のダイエットのことを話し始めたので、すごくいやだった。でも、みんなその話をやめてくれなかった。どうしていいかわからなくなった。
Nさんが「○○(私)ってさあ、研究してることは、女性の肉体のイメージの政治とか、そういうクリティカルなことなわけじゃない。それでも、当の自分はすごい体の細さとか見かけに、こだわってるんだよね。すごく矛盾してない?」といった。
Kくんが、「好きなもの食べたらいいんじゃないの? 俺の彼女くらい、太ったほうがいいよ。なんか○○さんって、不自然な生き方しかできてないような気がする。人の目ばっかり気にしてる」と、いった。
(途中、IさんにMさんが、「そのチョコレートとって」といって、Iさんが、「これ、○○ちゃんにかったやつなんだけど」「でも、むりだよ、結局食べないんでしょ」といって笑ったりした)
みんなに言われたのをまとめると、
わたしは、院で研究しているくせに、自分の外見にこだわって、自分を受け入れることができない。他人の評価が気になる。成長していない。ということだ。
そして、Iさんが、いった。「おれの恋人もすごく細くて多分30キロ台なんだけど、太ってほしいと思ってるよー。女の子は少しくらいぽっちゃりがいいんだって」といった。「まあ、○○さんが、男のためにやせたいと思ってるんじゃないなら別だけど」といった。
わたしは、泣きそうだった。彼らの言っていることは全て間違いなく正しい。
そして途方もなく、ずれている。
私には、反論はなかった。
ただ、よくわからない怒りのようなものがこみ上げてきた。
酔っていたのかなあ。今思うと、馬鹿だと思うよ。
わたしは、四人に向かってこう言ったのだ。
「っていうか、ぶっちゃけわたしは、病気なんですって。自分の体が死ぬほど嫌いな、強迫観念症です。鏡を見るやん。そこに映っている自分を見るやん。そしたら、怖くて、パニックになって、泣けてくるんです。自分が気持悪くて。受け入れられなくて。誰、この醜い人間は、って、おもうねん。きもいって思ってしまうねん。人と出会うのが怖くなるねん。孤独だと思いますよ、でも、あたし多分あたま狂ってるんですよね。食べるのが怖いし。病気です病気。満足ですか?」
みたいなことを、Iさんの顔を見たまま一気に言った。
みんなが、シーーンとなった。
わたしはすぐに自分が言ったことの重大さをおもい、
「・・・っていうのは、うっそでーーーーーーす」
といった。
IさんとMさんが、「マジかとおもった」といった。Kくんも、「おれも、今ちょっと本当かと思った」といった。
わたしは、ぎゃーーーありえーーーーん、と笑って、「ないですよーいうてみただけー。エーー本気にした?本気なわけないじゃないですかーーーーーそら女ですもん、綺麗でいたいと思うけど、そんなんでイチイチあたま狂ってたら、アタシ今頃脳卒中で、あの世行きですよ、そしたら恋もできんっちゅーねん!」と、めちゃくちゃハイテンションでいった。
皆がようやく、笑ってくれた。
「でも、どっちにしても、○○は、もうちょい太ったほうが可愛いけどなあ」といった。
飲み会はそれからずーーーっと、滞りなく続いた。
わたしはひたすらハイピッチのハイテンションで、呑み続けしゃべり倒した。
KくんとNさんが、酔いつぶれて、私とIさん、Mさんの三人で、観る予定だった映画を上映した。
でも、映画の内容はほとんど覚えていない。
わたしはひたすら寂しかった。寒かった。
でも、頭の中がパニックで、早く一人になりたいと思った。
朝方、みんな帰っていった。
わたしは、それから、一人でベッドに入って、小説を読んだ。
一冊読み終わったら、もう窓の外が明るかった。
カフェイン抜きのお茶を飲んで、ぐったりしていたら、いつの間にか寝ていた。
昼過ぎに、Kくんからの電話でおきる。
Kくんのうちに、昼ごはんを食べに行った。
そして、二人で食後のぶどうを食べていたら、
Kくんが、ふと、
「○○さん、昨日の、病気とかいってたやつさ、
あれ、実は本当でしょ」といった。
わたしは、もう否定する気にもなれなくて、「そうだよ、だったらなんなん?おかしいん?」といった。わたしは言いながら、泣いていた。
Kくんは、「そういうんじゃないけど、帰り道なあ、みんなでいってたんだよ。あれ、絶対本音が出たよねーって」といった。
わたしは、わんわんと声を上げて泣いた。
恥ずかしい。恥ずかしくて、すごく悔しい。
わたしは、昨日突然、この病気になったわけじゃない。
ずっと、本当に苦しかった。
摂食障害がはじまってから、わたしは自分が嫌いで、受け入れられなくて、
その結果、人のことも受け付けられない時期があった。
今だって、しょっちゅう、落ち込んでしまう。
でも、私は私なりに、頑張っているんだと思いたい。
必死で踏ん張っている。逃げ出したくないから、この病気と生きていこうと思ってる。
だから、何も知らないあなたたちが、いわないでほしい。
「矛盾してる」
「他人の目を気にしすぎ」
なんていわないでほしい。
私だってわからない。何でこんなに食べることに固執するのか、太ることが怖いのか。
自分の中にすら、答えがない。だからいつだって、一人ぼっちで歩いている気持になる。
トイレに顔を突っ込んで、汚物と涙でぐちゃぐちゃになりながら「たすけて」とつぶやいたことがある。。
誰に向かっていったの?ってきかれても、わからない。答えなんかどこにもない。
わたしは、摂食障害の「真実」なんて、一度もわかったことがないんだから。
でもこの病気になって、少しずつ理解してきたことがある。
それは、ひとは、本当に真剣に生きようとすればするほど、孤独になっていくということ、孤独と向き合わなくてはいけないということだ。
わたしは、摂食障害を苦しんで初めて、自分が自分と真剣に向き合っていくべきであること、苦しみながらも生きていかないといけないということを学んだ。自分の経験からというより、同じように苦しみを抱えて暗闇をもがく、孤独で勇気のある人たちをみたからだ。
でも、彼らの苦しみを面白おかしく書くメディアがいて、結果だけを見て「矛盾」「未熟」と吐き捨てる知ったかぶりの人たちがいる。私だって、別の文脈では、そういう無知厚顔な大勢の一人だったことがあるんだろうし、今も人を傷つけながら生きているんだろう。
せめて、わかったふりをするのは、だからやめよう。
わからないならわからないでいいから、真剣に生きること、真剣に生きて苦しんでいる人たちのことを、バカにすることだけはしたくない。
昔、私が拒食で悩んでいるとき、大好きな先生が手紙をくれた。
「あなたがたの生きるこの社会は、情報過多で、非人間的で、暴力に満ちていて、生身の人間には、あまりにも、プラグマティックなのです。その世界で、あなたがそれでも真剣に生きようとしたら、あなたの体は、悲鳴を上げるのでしょう。「からだ」は、正直に、そこでは生きていけない、息ができない、といって泣くのでしょう。あなたの魂はけして、不自然でも異常でもありません。魂は、当然のことをしているだけなのです。赤ちゃんが母親の手を離れると泣くように、あなたの体は今、ゼイゼイと泣いているのでしょう。自分を責めてはいけません。魂には魂の仕事があります。」
この先生は、(そのとき)まだ40歳くらいだけど、美術史を教えていて、いつも色んな話をしてくれた。わたしは授業の終わりに、思い切って、自分の摂食障害のことを、便箋にいっぱい書いて、渡した。(今思うとよくやったなあと、びっくり)
次の講義の時間に、先生が、出席を取りながら、わたしの坐ってる席のとこまできたとき、そっと、机に封筒をおいてくれた。
授業の後、うちに帰って読んだら、上のことが書いてあった。
直接的に、摂食障害のことについていろいろ返事をされたわけじゃなかったけど、
わたしは嬉しかった。
でも、当時は、先生の言う、『魂の仕事』ということの意味がいまいちわからなかった。
いま、もう手紙を読み返すと、あの時以上に、胸の奥が、ぎゅっと締め付けられる気持になる。それは、先生の言葉の意味が前よりわかるからだと思う。
わたしは自分のしていることを異常だと思ってきたけど、本当は、異常じゃないのかもしれない。もちろん、過食嘔吐は体に悪いし、克服したい。でも、たとえ、私が摂食障害を持っていても、私が真剣に生きようとしていることの否定にはならない。私の魂(?)は、きっと、いつもものすごいスピードで私の精神に振り回されて、今、息が切れてゼイゼイいってるんだろう。もう走れない、といって、たちどまろうとするのだとおもう。それを許そうとしてやらないから、魂は、行き詰って、魂の仕事を始める。それが、過食ではないのかな。体が、選んだ、仕事なのかもしれない。(肯定しすぎかも・・・うーん、どうなんだろう)
よくわからないけど、わたしはこの先も、ずっと、生きることについてきちんと考えていこうと思う。孤独であることや、他人のぬくもり、そういうことも、同じ文脈で考え続けていけたらいいと思う。そいで、行き詰ったときには、そうやって生きている人たちから、学べることを、精一杯学ぼう。
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